がんセンター生活5
抗がん剤の副作用により、各血液細胞が復活してくるのが遅れて、またまた輸血や投薬で体調を整えていたので、大量化学療法(前処置)の日程が遅れて今日からの開始になった。5月5日まで7日間、4種類の抗がん剤を通常使える量の5~10倍入れる。そして5月7日に採取済みの自分の造血幹細胞を移植する。今、最初の抗がん剤を入れながらこれを書いている。今日は吐き気はこないらしいので、とりあえず書いておこうと思う。
4月20日 これまでの経過、大量化学療法・自家末梢血幹細胞移植についての医師からの説明
自家末梢血幹細胞移植から以下の日程は、記載より5日間遅れ。
今、私の中に見た目上がんは消えている(第2完全寛解期)。しかし、目で見えない微細ながん細胞や、染色体・遺伝子レベルでどうかというと、なくなっているとは全く言い切れない、つうか多分まだあるのだ目に見えなくても。そこで、抗がん剤は入れれば入れるほど効くから、入れられる限界量の抗がん剤を入れてがん細胞を徹底的に叩き本当の意味での撲滅を図る、これが大量化学療法なのである。しかし、同時に健康な血液細胞も同じように壊滅的なダメージを受け、骨髄の中味が空っぽになり血液細胞がすべてなくなってしまう。そのままでは確実に感染症と大量出血で私は死んでしまうので、そこにあらかじめ採っておいた自分の造血幹細胞を移植することによって、健康な血液細胞を骨髄の中で再生させ体を回復させていくという治療、それが大量化学療法・自家末梢血幹細胞移植だ。
医師は、今一番いい状態でこの治療に入れるので本当に順調だという。「データ的には成功率は50%ととしか言いようがない。しかし藤田さんの場合は、あくまで私の個人的な感触としか申し上げられないが、完治の手応えというものをかなり感じています」とのことだった。この病院にきて初めて医師の口から「完治」という言葉を聞いた。いつも医師はほとんどの場合 最悪のことから言い、最悪のことしか言わない。だから今回、医師の言い方はかなり遠回しな言い方ではあったけど、かすかな希望の温みみたいなものが感じられて嬉しかった。かといって手放しで喜ぶような気分でも状況でもないのだけれど。
4月23日
骨髄検査・髄液検査
腰骨の上縁に針を刺し骨髄液を採る骨髄検査、腰に近い脊骨と背骨の間に針を刺して脳脊髄液を採る髄液検査を一度に行う。麻酔したって痛いです、気持ち悪いです、しかし慣れてしまいました。髄液検査の時には、脊髄液を採った後、採取した髄液と同じ量の抗がん剤を脊髄に注入した(髄注という)。それが脳に届く。
血管から入れる抗がん剤は脳には回らない、脳には容易にいろんなものを受け付けないようにブロックがかかっているのだそうだ。だから脳転移予防措置として抗がん剤を脳に届かせるために脊髄に直接抗がん剤を注入する。
髄注のあと、脳髄液の圧力が変わるため3日間強烈な頭痛に悩まされた。20分も起きていられずハンマーで殴られたような痛みなのだが、横になると嘘のように痛みが収まる。不思議だった。
4月24日~26日
再入院してもうずく3ヶ月、体がだんだん硬直していく。NHK教育のストレッチマンの番組をみて体を伸ばす。
2度の輸血。白血球を上げる皮下注射。各血球の戻りが遅い。大量化学療法は29日からにしましょうと言うことに。前はこれだけの極度な貧血になれば、息切れとめまい・胸苦しさで風呂やトイレでひっくり返っていたが、今は体が慣れ、急激に体を動かさなければどうということもなくなってしまった。人間の体の適応力というのは本当に恐ろしい。
4月27日~28日 外泊
白血球を注射で無理矢理あげ、29日からの苦しい治療前に息抜きに自宅に帰る。天気もいいから買い物でも楽しもうと身支度するもストッキングをはいている途中でこけて、足腰の弱り加減に情けなくなり半泣きに。雷雨が上がってから銀座に安全な靴を買いに行き、築地でお寿司を食べ病院へ戻る。テレビの特番で市川団十郎が受けた大量化学療法と自家移植の経緯が放映されていて見入る。家でヅラを洗った。
4月29日 大量化学療法開始。
朝、シャワーを浴び9時30分に吐き気止めから開始。今後予想される副作用と時期、それらへの対策などを担当ナースとともに打ち合わせ。私は痛みや熱には強いが、とにかく吐き気が恐怖なので、吐き気対策をいろいろと話し合う。ナースは事前に薬剤師とも打ち合わせ済みで、私も安心して任せられる方針になった。
今日の採血結果は、血球たちは相変わらずぐずぐずとしていて急激に増える気配がない。しかし全身状態がいいので問題ないと副担主治医から言われる。まあ今血球数が低くても、どうせこれから血球は全部ゼロになっちゃうんだし、感染症さえ出ていなければいい、移植したら血球は上がってくるんだからという医師たちのノリ。でも、本当にちゃんと血球が立ち上がってこれるとは実は誰にも断言できないのだ。こうなれば根拠なく自分の骨髄の底力を信じ、移植後ちゃんともとに戻ってくれることを信じるしかない。

